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瞳の手術をしました。。。 |
日記の前に…本日、夜7時から阿佐ヶ谷バルトにて演奏会です!! お時間ある方は是非いらしてください。 私たちの音を最も間近で楽しめるのはここです。
そして、ちょっとニュース! 5月30日に横浜赤レンガ倉庫の「モーション・ブルー ヨコハマ」に 黒船レディと銀星楽団で初出演します! どうぞお見逃し無く!
しばらく日記お休みしてました。 なぜなら先日、目の視力回復の手術をしたからです。 しばらく目を疲れさせないように気を使ってて。
…で、メガネ虫の私をよくご存知の方もいると思いますが 近視(ちょい乱視)で0.05くらいしかなかった視力が、 なんと両目とも1.5までになりました。 今話題のイントラレーシックで。
裸眼でよく見えるって、なんて快適…(T T) 10数年前の当たり前が感動とともに再び!
検査は長かったけど手術はほんとにアッという間に終わりました。 痛くはないが、その数分間めちゃめちゃ恐ろしい思いをしたけど。。 近未来か宇宙で人体実験されてる気がしました。 殺されるかと思った。 こんなに恐ろしいもんだと知ってたらきっと出来なかったなぁ。 いくら詳しく説明聞いてても前もってこの体験を想像することは出来ませんでした。 きっと気を失う人がいるんではないだろうか… レーザーが照射されている間に、瞳の中に何か機械が埋め込まれて、 瞳や脳を遠隔操作されたらどうしよう…とか一瞬の間に色々妄想してしまいました。 生まれてこのかた3本の指に入る恐怖体験でした。
これからやろうと思ってる人いたら怖がらせてスイマセン。 でも終わってみたら笑い話になるくらいのもので やっぱり受けて良かったです。オススメです…! 10数年コンタクトのお世話になってきたから、目の息苦しさみたいなのが全くなくなって、 疲れ目からの頭痛や肩こりから開放されました。。。
21世紀の科学ってスゴい…と思いました。
メガネは好きだからダテでいつでもできるけど、 コンタクト(特にソフト)は装着時間、年数が長くなればなるほど、 又はケアが悪いと角膜の一番下の層の細胞が死んでいって、徐々に目が見えなくなっていくそうで、しかもその細胞は再生力に乏しい。 血管のない角膜が涙から直に栄養をとって生きているには酸素がとても重要です。 …と、以前普通の目医者さんから聞いてからずっとこの手術をしようか1年くらい前から迷ってたけど、やっと思い切れました〜
ブロッサム・ディアリーやリザ・ローブみたいに眼鏡の素敵な歌手もいいけどね。 日本人だと つじあやの かアンジェラ・アキかぁ… 私は眼鏡だとちょっとアキバ系に見えるらしくカッコがつかなくて。。。
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急がずゆっくりと…を自分に言い聞かせる。 |
って、私が急いでるように見えるときって…? 今以上ゆっくりって…?と聞かれそうですが、 私は気をつけないと24時間眠って、24時間起きています。 ものごとを1つこなすのに非常に考え、時間がかかります。。 そのくせ早とちりだったりもするので周りにはよく世話をかけますが、 自分ではとても急いでいます。 ミヒャエル=エンデのデビュー作「トランキラ=トランペルト=ロイ」の、 カメのトランキラ並みです。 小学生の頃、この絵本を母から与えられて、面白く読みましたが、 この絵本に元気付けられるようになったのは高校生のころです。 今考えると、小学生が読むには文字や漢字が多かったですが、 絵が非常に美しいです。 今でも帰るとよく読みます。
そんなわけで、今年もそんな感じで初心に返ってスタートです。
今月の演奏会は…初めてのお店で、新宿に登場です。
●1月21日(日)新宿3丁目 Claudia(クラウディア) open 18:00〜、 start19:00〜22:00までの間に3回のステージ charge \1,000- +オーダー
石釜でピザを焼くイタリアンレストランです、 おいしいワインと銀星楽団の音楽で心温まる休日を!
住所:新宿区新宿3-8-4 (席数が少ないのでお店まで直接ご予約をおすすめします) tel:03-3353-8636
ここからは長文なので、お時間あったら是非どうぞ。
報告が遅れましたが、1月2日の富山テレビのクイズ番組の生出演は、 朝10時から3時間半もの長い番組でした。 しかも入りが7時半。で終わって打ち上げでごあいさつして解散したのが午後3時。 いやぁ…さすがに疲れました。 番組の途中トイレに行くのもままならなかった。
富山出身か在住で、活躍している8チームを迎えての、富山に関することが中心の○×クイズ。 私たちも回答者チームの1組でした。 8チームそれぞれの紹介コーナーと、そのチームにまつわる問題が1つ出されます。
私とリリー婦人チームからの出題は、「黒船レディ」の由来は、竹久夢二の名画「黒船屋」から来ている。 でした。 あっさり みんなに○と答えられました。 ○×じゃなかったら絶対わかんない由来なんだけどな。
私たちのコーナーが番組の最初だったので、1番目で、しかも生放送で演奏してきました。 「いちばんほしいもの」2分半でデュオの短いバージョン。 これは良かった。 私の衣装はシルクハットに黒のソワレ。 お正月らしく、ハトくらい出せればよかったかな。
しかし、クイズは非常に難しく、富山在住でも勘でなければなかなか答えられないものばかり。 ブリの成長途中の名前の順番を当てられなかったのはチョット残念。 そんな感じで全然勘が当たらず、私たちは「よしもと」で活躍中の若手芸人チーム「ハイキング・ウォーキング」さんと中盤からビリを争うことに。
結果、私たちが本当にビリとなり、「ブービー賞」をもらってしまいました。 ペアディナー券。
まぁ…目立つならトップかビリで、良かったのかしら。。。 などとのんきなことを言いつつも、番組をナマで体験したのは初だったのでとても面白かったです。
柔道で日本一をとった姉妹とか、横浜ベイスターズ入りが決まってる青年とか、発明で特許をとった小学生とか、フラワーアレンジメントとコラボするギター弾き語りの人とか、面白い人にたくさん出会えました。 富山テレビさん、ご一緒してくださったみなさん、本当にありがとうございました。 また是非お会いしたいです。
リリー婦人は、帰りにズワイガニをお土産に買って、実家へ凱旋されたそうです。なにより正月早々、遠いところかけつけてくれたリリー婦人、本当にお疲れさまでした。
こんなお正月は初めてでした。
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羊パワ〜! |
今日、友達とゴハンを食べる約束だったので、 自宅の近所の美味しい洋食屋さんに行きました。
ここでは今までオムライスとかパスタとか魚料理とか、 色々食べてみてどれも美味しかったんだけど、 私の1番のお気に入りは「バジルソースの子羊ハンバーグ」! と〜ってもジュ〜シ〜なのです。 ちなみにグラスワインもお安いのに美味しくって、赤ワインと一緒にいただくと ホワ〜ンと独特な匂いに気持ちがほぐれます。 (お酒はじんましんが出たら困るので控えめですが… というか最近全く飲んでいない…ちょっと寂しい)
最近忙しさに負けまいとすることが時間の余裕を削る方に向いてしまっていたので、 ここにもほとんど来ていませんでした。 そういう時は逆に美味しいものを食べて頑張る方がいいのにね。
今日は友達と会話も弾んで、より美味しさが沁みました。
それで24日は久しぶりのライブだし、楽しみにしてるよ〜! とメッセージを色々もらえて、すごく元気が出ました。 なので、私もみんなに会えるのがとても楽しみです。
24日はCDはまだだけど、新曲も披露できる予定だし、 DJタイムには完成した音源から数曲みんなに試聴してもらえるので、 期待しててくださいね! お待ちしてま〜す!
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お別れ |

今年の私には黄金週間は無かった。しかし違う意味で黄金週間だった。 この10年GWは毎年絶対富山に帰っているのだが、初めて帰れなかった。 でも4月に帰ったのでいいのだが。
本当は毎年GWに実家の風呂を炊くための釜の煙突掃除をしている。 (五右衛門風呂ではない) 死んだ祖父が割った薪がなくなるまでは、薪で風呂を沸かすつもりなのだが、 祖父が死んで5年過ぎてもまだ実家の周りに積んである薪は無くならなかった。 戦前東京で銭湯(湯屋=ゆうや と呼ぶ)を営んでいた祖父は(祖父の叔父の代から)、死んでからも私たちをいいお湯で温めてくれている。 家庭用の小さな釜の小さな煙突を、生前は祖父がいつも掃除していた。
この冬は大変寒くて、また大変忙しくて毎日疲れたので、お湯のありがたみがほんとうに身にしみた。 湯屋の先祖に感謝せずにはいられなかった。
今年は煙突を父が掃除したらしいが、「おじいちゃんの薪がもう残りわずかになってきたよ…」 とメールもよこした。 4月に帰ったおりに気がついていたのだが。 改めて言われると寂しくなった。
とうとうウチも、もうすぐボイラーだけでしか風呂を沸かせなくなる… 薪で炊いた風呂は冷めにくい。
このGWは毎日平均睡眠3時間だった。 録音の進行がいっきに加速して、予定に間に合わせるため必死に色んなところに電話しまくり、色んな人の助けを借りて、ようやく大きく動けた。
忙しさに乗って新曲も作ることができた。 (明後日10日の代々木Bogaloo、13日の阿佐ヶ谷バルト でやる予定。。。是非来てください!)
毎晩お湯に感謝する日が続いた。 しかし湯屋にはずいぶん行ってなかった。
ここ近日急激に気温が上がったので、駅までのバスやバイク(HONDA SUPER CUB 50cc 赤)での移動を自転車に変えてみた。 久しぶりに自転車のタイヤに空気をいっぱいにして走った。 よく聞くことだけど、車やバイクから自転車に乗り換えると、普段目に留まらなかったものが見える。
普通は素敵なものが目に留まるはずだが、今回はそうではないものが留まった。
近所の大きくて立派な湯屋が14日で閉まるという張り紙を見つけてしまった。
ここに越してきて2年が経ったが、近所のお気に入りスポットの上位であった場所が無くなるというのは本当にショックだ。 そして何より、同族…?とでもいうのか、もう母が生まれたころにはうちは富山の薬屋になっていて湯屋は家業ではなかったが、一族がまた減るのを目の当たりにすることになった。
そういう私もしょっちゅう通えたわけではないし、時代には逆らえないものの1つでしょうがないが、やはりすごく寂しい。
14日までもう全然行けそうなタイミングがないので、昨日、0時近くに滑り込みで入った。 そこはもちろん屋根の大きな宮作りで、今では本当に数少ない番台のある湯屋だ。
私がここに越してきて間もない頃、今でも板橋で湯屋を続けている私の祖父の甥であるおじさんが、この湯屋も親戚ではないが先代の富山出身の人が50年前からやっていて、とても親しいのだと言っていた。
私は自分のアパートに友人が泊まりに来ると、一緒にその湯屋に行こうと誘う。自分のアパートの小さな風呂より断然気持ちがいいし、私くらいの年齢だと湯屋に行ったことのない人の方が多いから、古くて立派なところがあったらなるべく連れて行ってあげたいのだ。
しかし、5分は歩くと言うとけっこう断られる。秋冬はもってのほか。
湯屋の良さは温泉とは違って行ってみないと絶対わからないが、行っても好きになれない人もけっこういる。 でも少なくとも私の友達には良さがわかるはずだ。
しかし、もう1週間でここともお別れ。 その間にここに誰かを連れてきてあげられそうもない。 予定が詰まっているが、出来たら1人でも行きたい。 ここには10円玉で動く、椅子と一体型の、カプセルのようなものに頭を入れて髪を乾かす大きなドライヤーが2台も健在なのに。 これらはどこに行ってしまうんだろう。
駅近のこの場所にはこの後マンションが建つらしい。よくある話。 それはそれは儲かるにちがいない場所だ、寂しいが湯屋のうちの人にはきっとその方がいい…
2年も通っているのに、初めて番台のおばさんに話しかけた。 おじさんの名前を言うとビックリして、でもしばらく会ってないからと嬉しそうに笑って、亡くなられたご主人の話や先代の話もしてくださった。 本当に東京の湯屋は富山出身の人、とりわけ水林の親戚が多いことを改めて知った。
水林という姓は、大昔は平家の落ち延びてきた林という家が富山の山奥に逃げ込んで、その山が湧き水の豊富なため いつの間にか水林に変えたらしい…と祖母から昔 畑で聞いたんだけど、本当かどうかは知らない。
私のジャズの恩師、阿佐ヶ谷MANHATTANのマスター でアコーディオン奏者のJ.J.望月 氏は、富山出身の湯屋に水林が多いのは、水(湯)が豊富ってことだから水林なんじゃないの…? という冗談を言っていたのが思い出された。 そっちの由来の方が好きだな…
昔ながらの湯屋はこれからもどんどん姿を消していく運命にある。 銭湯を守ろうの会みたいなのはあるし、祖父のもう1人の甥であるおじさんが東京浴場組合の会長で頑張っているが、現実は厳しい。
文化財に指定されているよほど大きく立派なところが数件残るだけだろう。 あとはスーパー銭湯という新しい形で生きながらえられたらいい方だ。
まだ高層ビルなど高い建物がなかった時代は、道に迷っても湯屋の煙突ですぐにどこか分かったらしいが、今はその煙突を探すのは難しい。 煙突掃除屋もほとんどいないだろう。 氷の冷蔵庫と氷屋がいなくなったみたいに。
富山の薬屋も同じで、今でも多くの薬は富山でも作っているが、配置業はほぼ無くなったに等しい。 それと共に桐の箱や紙風船や紐で編んだ犬の人形も見かけなくなったろう。
時代には逆らうことができないけど、手作りの温かみをこの先も忘れないでいたい。
大学受験で板橋の湯屋のおじさんちに1週間いさせてもらった時、 朝起きて、洗面所は風呂場を使っていいよ、と言われて入った誰もいない大きな風呂場は、まだほんのり温かくて すっかり床は乾いていて、天窓から朝日が差し込んで辺りはぼんやり白く、まるで幻みたいにタイル絵が美しかったのは忘れられない。
湯屋は冬も温かいから猫がたくさん寄ってくる。夜は可愛い家ネコたちと一緒に布団に入った。数日いたら、家の者か?と猫たちが認めて寄り付いてくれたのが嬉しかった。
母は大学時代、おじさんちの湯屋に下宿していて、本を読みながらよく番台を代わったと言っていた。
祖父が11歳で浅草の祖父の叔父の湯屋へ奉公に上がった時、あまりの厳しさに便所でよく泣いたと言っていた話、近所から炊きつけ用の薪を集めながら本を読んだり、夜に字を書く練習をしたという話、めったにない休みの日にエノケンやロッパやでんすけを観に行った話…25歳で自分の湯屋を持った話…
この100年で日本人の人種も変わってしまったと思うくらい、祖父の時代の人とは文化も言葉も違ってきていて、 新しく生まれるものがあるだけ消えていくものがあるんだけど、 それらの話をたくさん聞けて本当に良かったな…。
ゆっくりは出来なかったけど、とてもノスタルジックな黄金週間でした。。。
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小春日和 |

小春日和がだんだんと増えて、今日にも桜が開花したとかしないとか。 もう桃の花の時期は過ぎてしまったかな…? 桜はけっこうどこでも見ることができるけど、桃の花って見たことないなぁ。
ホームページの掲示板にも以前から載せていたけど、ロッテの小梅ちゃんの従姉妹シリーズがこんなにあったなんて知らなかった。 有名な小梅ちゃんの絵は「林 静一」さんという方が描いていらっしゃるというのを私は去年まで知らなかった。 小さい頃から大好きだった小梅ちゃんに何人も従姉妹がいたのにはビックリ。 季節限定でコンビニのキャンディのコーナーに控えめに並んでいる。 前のシーズンは小雪ちゃんだった。 今回は小春ちゃん… あれ…?小梅ちゃんは??とばしてない??? これは小梅ちゃん以外の従姉妹シリーズなのかな…
それにしても、毎回、私と髪型が似ているなぁ〜 今回は今の髪型に最も近いので、ついつい載せてしまった。
キャンディの袋から中身をみんな出して、透明な部分から向こう側が見えてしまうので中に白い紙を1枚挟んでケータイで写真を撮った。 そしたら袋と紙の隙間で影が出来て、なんだか昔のアニメーションみたいで面白かった。。。
キャンディ1つ1つが個別包装で、その1つづつの包装の印刷にも何種類かの紹介文が書いてある。 小春ちゃんは、小梅ちゃんより1つ年上でおしゃまな16歳、とある。 そしてその文章の脇には口紅のイラストが入っている… 小春ちゃんの住む町では、春はうぐいすの美しい声が響きます…とカワイイうぐいすのイラスト。(その他2種類ほど…)
んん〜…ツボだ。。。 なんともノスタルジック…
普段あんまりキャンディはなめたりしない方…というか、昔も今も母親がいつもキャンディをもっているので それをもらうくらいしか食べたりしないんだけど。 自分でキャンディを1袋買ったりなんてしたのは、復刻サクマ式ドロップスいらい何年ぶりか。 のど飴はよく買うけど、甘いキャンディはなかなか買わない。
こんな包みだと、なんだか1粒1粒愛しむように大切に食べてしまう。 実際1度に何個も食べられない甘さなのだが。。。 1粒なめ終わるまでが短い夢…というかまどろみというか、お菓子ってそういうものだったなぁ…と、改めてハッとして、「パティシエ」なんて歌が銀星楽団にあって嬉しくなってしまった。
作曲者のリリー婦人は永遠の乙女なのだ…歌詞は曲のイメージから私が後から作ったものだから。
のど飴はよく売れると思うけど、こんなスウィートなキャンディって売れるのかしら…なんて最近思ってたけど、 昔、お祭りの出店で色とりどりの美しい飴がかわいい箱にきれいに入って売られているのをうっとり眺めていたのは他でもない私であった…
今でもそういう人がこのようなキャンディを買うのだなぁ… なるほど、私の乙女趣味は母から来ているのだ…
母が買い与えた懐かしい小梅ちゃんのキャンディは、ガラスケース入りで大のお気に入りだった。 その中に綿をいれたクッションを作り、針山ケースにしたてて今でも大切に使っている。 毎年3月が近づくと、実家から送られてくる食材などの中には、決まって桃の節句のキャンディが入っている。
のすたるじっくだなぁ。。。 女の子で良かったな…なんてこういう時思ったりするけど、 男の子もけっこう乙女ちっくなものが好きな人は多い。 こういうキャンディが好きな人はきっとたくさんいるんだね。
お菓子のパッケージデザインってとっても楽しそう…! デパートの地下に行くと、かわいいお菓子がたくさんあって心が躍ってしまうね。 もちろんお菓子そのものもかわいいし。 「パティシエ」はとても私たちらしい曲なんだなぁ…しみじみ。
林 静一さんの絵からこのキャンディの企画、シリーズが生まれたのか、それとも企画がもともとあって そのイメージを描かれたのかな。 パッケージと中身がほんとにマッチしているキャンディですよ。 食べたら、「ほっ。」と つい言ってしまいますよ。
次はどんなかな…楽しみ。
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